Réalisation ॐ

永遠の相のもとに 〜 Sub specie aeternitatis 〜

1985年刊「システム工学入門」から

ちょうど自分が社会に出る頃のタイミングで出版されていた本。問題意識に強く共感・・・というか、ぼく自身の抱えてきた自己矛盾を言い当てられた気がしました。

長文の転載は憚られますが、この本が入手しにくいこともあり・・・ぼくの「代弁者」として悩みが伝わることを願って掲載しておきます。

「まえがき」から

それ以前はすぐれた機械や装置を作るには,すぐれた要素の開発が不可欠の条件であると信じられていた.それゆえに従来の工学はすぐれた材料や部品を生み出すことに全力を傾けてきたのである.しかし,システム工学では部品そのものよりもその組合せに注目し,どのように組み合わせたら目標に近い機能をもたせられるかということが中心になる.いわば,従来の工学が要素の分析を中心としているのに対して,システム工学は創造の方法が中心であり,理論よりも経験的なノウハウが主体となっている.そしてそれは技術システムばかりでなく社会システムや企業システムにも応用できるものなのである.

これらの書物がこれからシステム工学を学ぼうとしている人々にとってどれほど役にたつかという点になると若干疑問がある.なぜならば経験のない人に含蓄のある理念を説いてもその真意はなかなか理解されないだろうし,他方,理論的な方法論はいくら学んでも,それだけではシステム創造はできないからである.
システム創造に必要なのはまず第1にしっかりした目的意識を持つことである.第2に問題の本質を見極めるための方法論を知っていることである.第3には目的を達成するために自己のもつ知識を結集する合成の能力を持つことである.別な表現をすれば,問題を理解するために十分な知識と能力とが必要であるが,それだけでは不十分で,自己のもつ知識を寄せ集めて解答を創造する応用力を養わなければならない.第2の部分は書物から学ぶこともある程度可能であるが,それさえも実際問題にぶつかったときなかなかうまく利用できない.まして,第3の創造力は書物から学ぶのは非常に困難である.これが初学者にとってシステム工学をとらえにくくしている原因である.
創造の思考過程は目的意識と深く関係しているが,書物からシステム工学を学ぶと方法論が優先してしまい,方法論の結果に目的を合致させようという思考順序になる.しかし,実際には目的が先にあり,それを実現するための一手段がシステム工学なのである.したがって,目的を100% 満たさなくともある程度満たすものならシステム工学の解になり得る.このような弾力的な考えは目的を優先的に考えないと生まれてこない.これを書物から学ぶのはこれまた非常に困難なことである.

システム開発を行なう際,大勢の人間が共同して働かなければならないが,大目標に対しては誰しも大きな意見の違いはない.だが,具体的な目標とか,それの達成方法という問題になると千差万別でなかなか意見が一致しないのがふつうである.とくに最近のシステム工学の対象は技術的なものばかりでなく,社会・環境・都市・生体などいろいろな分野の問題が含まれるので,全員の意見が一致することは稀である.システム工学は得られた結果自身が合理的・組織的であるだけでなく,合意を得て目的を達成する過程そのものが合理的,かつ,組織的でなければならない.これは本来,工学というものが持っているべき思想そのものである.その意味でシステム工学は最も工学らしい工学だということができる.

以上述べたようにシステム工学とは問題解決のために新しいシステムを合目的的に創造する方法論であると定義すると,これを学ぶには理論的手法を習得するだけでは不十分で,与えられた問題 (もし読者自身が発見した問題ならばなおよい)を自分自身で整理し,ポイントを探り,その解決案を考え,曲りなりにも結論に到達するという訓練が必要である.それには討論を中心としたゼミ形式,または演習形式の思考練習が必要であろう.

4.3 シナリオ・ライティング

前節でも述べたが,問題を文章で記述することは,それ自体が一種の問題発見の手法である.なぜならば,筋の通った文章を書くためには,問題の内容を分析し,整理し,不十分な点を推論や直感で補い,論理的に矛盾のないような説明を加えなければならないからである.このような思考過程の中で,問題が明確になり,その対策などもいろいろと思いつくことが多い.
システム開発を進める場合にも,チームの全員にその目的,立場,条件,範囲,環境,時点,予測,利用可能な情報,用語の定義,開発のレベル,評価基準,主要因子などをできるだけ詳しく知らせておくことが必要である.これはふつうの技術開発ならば仕様書に相当するものであるが,システム開発では問題が複雑であいまいなために,チーム全員の問題意識を統一し,知識レベルをそろえるために筋の通ったストーリーとして記述するのがよい.これをシナリオと呼ぶ.
シナリオの定義はいろいろあるが,その1つは,「対象とするシステムが直面するであろうと思われる条件をすべて記述したもので,システムの開発・分析・予測・展望などを行なう際,そのオペレーティング環境を指定する」ものである. このほかにも,分析の用途に応じていろいろの定義がある.たとえば,「仮定事項の配列のアウトライン」,「闘争下における行動と,それに対する反動の記録」,「設定された行動範囲や策略の下での行動計画」,「戦争やゲーム中のある時点で司令官のおかれた状況を推定するもの」などという説明もある.
シナリオの長所は,作成者にとってはストーリーを一貫させ,かつ人に理解させるために,自己の直感や意思に頼るだけでなく,論理的な分析をしなければならない点である.これによって自己の思い込みや見落しを防ぐことができ,さらに問題の細部や,その背景にまで言及できる.

「あとがき」から

最初に述べたように,複雑な問題を解決するにはシステム工学の方法論以外に頼れるものはない.そしてシステム工学では問題解決に熱中するだけでなく,一段と高い視座から問題を冷静に眺めることを要求している.本書の読者はこの精神を本書の内容批判にも向けるべきであろう.本書の意図するところは何か,それは正当なのか,また,システム工学というものの長所は何か,重大な欠点はどこにあるか,などの問題が検討されなければなるまい.
システム工学の自己矛盾は1章でも述べたが,システム工学はより良いシステム,より完成されたシステムというものを追求しているが,いったんそれが完成されたならば,つぎの瞬間から改修の対象になるということである.いわばシステムというものは流動的であるのに,現在のシステム工学はこれを静的にしかとらえていないことが1つの問題点である.これはシステム工学に限った問題ではなく,学問や技術はそれぞれの時点で完成を目指していながら実際には絶えず改修されているのである. システム技術者は,このことを念頭においてシステムのライフサイクルを設定しなければならない.
もう1つの矛盾点は人間に対する拘束である. システムは人間の創作であり,当然人間のためになるような目的達成の手段として考えられたものである. しかし,いったんシステムができてしまうと大目的は忘れられてしまい,システムを維持することが目的に変わっている場合が少なくない (法律や制度にしばしば見られる).こうなると人間がシステムを利用しているのではなく,システムに人間が使われていることになる.システム工学はこのような弊害を除くために考案されたものなのに,つぎの弊害の種をまいているともいえるのは大きな矛盾である.
これらの点を考慮すると,システム開発を担当する者はあまり合理性を重視して割切った考え方はしないほうがよいようだ. 若干のゆとりとあいまいさを残し,人間の自由な裁量,とくに感情的な要素が入り得るようにしておくことがシステム工学の短所を補う意味で重要であろう.
このようなシステムを筆者らは「あいまいシステム」 と呼んでいる.これが恐らく次世代のシステム工学になると思われる.だがそのためにはあらゆる角度から人間自身をもっともっと研究する必要があろう.