Réalisation ॐ

永遠の相のもとに 〜 Sub specie aeternitatis 〜

スティーブ・ジョブズ亡き後のアップル

こんな本が出ていたとは知らず!!一気に読み切りました。この手の本はよく翻訳が問題になりますが、訳者の日本語は流れるように美しく、臨場感の溢れる描写に何度も感情を揺さぶられました。ビジネス本としては非常に稀な読後感を味わいました。

早いもので、スティーブ・ジョブズが亡くなって10年以上が経ちます。彼の右腕だったデザイナーのジョナサン・アイブが苦しんだ末にアップルを離れるまでを軸に、多くのエピソードが(それ見たんか?レベルで)生々しく綴られています。厳格な秘密主義の組織で、内情をこれだけ詳しく取材した著者の努力にも敬服させられました。

 

アイブは、社内での発言力や影響力を求めてそれを手にしたはずなのに、絶対的な権力者の庇護を失うと全て自分でコントロールしなければなくなり、それに疲れ果てて自滅してしまった印象です。誰か(何か)のせいにできないのは虚しさが更に募ります。

ジョブズは生前、アップルが「成功企業のジレンマ」に陥らないよう手を尽くしたようです。もう一方の後継者であるティム・クックには「創業者だったらどうするか?」問うことを禁じ『ひたすら正しいことを行え』と言い残し、それが徐々にアップルのアイデンティティーを変化させます。クックはジョブズとは対称的に、CSRや政治家へのロビイング、時価総額や株主へのケアなどを怠らず、それがソフトウエア路線や海外展開で功を奏したようです。ジョブズからクックへのバトンだけを見れば、引き継ぎは成功しており数字もそれを物語っています。

アイブは十分に守られ、最大級の待遇で特権を与えられましたが、繊細さを持つクリエイターであるが故に組織人としてのジレンマに陥ります。絶対的な影響力を保ちながら非常勤に転じますが、それが開発チームを振り回すことになり、ハードウエアのイノベーションが踊り場を迎えたこともあって彼の仕事には翳りが見え始めます。(こうして改めて考えると、Apple Watchに興味がなかったばかりか、確かにここ数年はiPhoneiPadも旧型で間に合ってました。。)

クックはデザイン部門には滅多に足を運ぶ機会がなかったらしく、アイブにとってジョブズの代役になれなかった・・・という評価もあるようですが、両者の間に何か軋轢があったわけではありません。ツートップ体制は終焉を迎えてしまいましたが、アイブは社外からサポートする形でアップルの商品開発に関わり続けています。

 

改めて、組織運営の難しさ・・・特にイノベーション創出を期待される企業が、デザイン、エンジニアリング、サプライチェーンマネジメント、マーケティング等々、あらゆる業務にいかに優先順位をつけてコントロールするべきか・・・そのパズルの難しさを痛感させられました。

数々の逸話を残したジョブズですが、アイブやクックといった「異なるタレント」を活かして使いこなした点でも、また、パラメータの優先順位を(経済合理性に反して)大胆に組み替えた新製品を成功させた実績からも、単なるワンマンではありません。ピクサー本からも感じましたが、ジョブズが矛盾を併せ持った人格であるが故に、統合マネジメントに秀でていた(或いは無意識にこなしていた)可能性が考えられます。

ジョブズの「あの」キャラクターは真似できないし、アイブのような秀でた芸術的センスも持ち合わせていませんが、彼らのこだわり、特にクリエイティブのプロセスを優先する姿勢には共感を覚えます。一方で「業務執行人」と揶揄されるティム・クックに(残念ながら)ぼくはバックボーンも組織における役割も近いので、彼の価値観もよく理解できるのです。

それだけに、アップルを愛する者同士であるアイブとクックが、距離を詰めることができなかったが残念であり、不思議にも感じました。あり得ない妄想ですが・・・自分がいたら橋渡しできただろうに、と残念に思えて仕方がありません。。