Réalisation ॐ

永遠の相のもとに 〜 Sub specie aeternitatis 〜

創造性とは何か?

 相変わらず「創造性の開発」みたいなテーマが周りから出てきます。
 創造性を身につける(身につけさせる)という要請には、違和感を覚えることも多いのですが、それは求める側から発せられる「何か過剰な期待」との温度差かもしれません。

創造性とは何か―その理解と実現のために (りぶらりあ選書)

創造性とは何か―その理解と実現のために (りぶらりあ選書)

 一見して「簡単なことが難しく書いてある本」だと感じたので、腰を据えて読む気にはならず・・・チョー斜め読みでしかないのですが。
 自分の見解を代弁してくれる記述があったので、備忘録として書いておきます。

 訳者は前書きで「大きな誤解を指摘した書」と紹介しています。
 〜何が大きな誤解でどう指摘したのか〜 その概要を4項目にまとめていた箇所を、更に平易な言い回しにしてみました。

  • 本来の「(創造性によって)成果を産み出す」ことよりも、思考や探求の「過程」が創造性であると捉えられてきた。評価の対象も、肝心の成果でなく、思考様式や人格特性に対して論じられる傾向にある。
  • そのため、霊感(インスピレーション)や洞察など「非合理的、非論理的、直感的」な側面のみ取り上げられるが、これらは本来、「合理的、論理的」な側面と分かち難く結合しているはずである。
  • また、「考え方」や「探求の仕方」ばかり取り上げられるが、創造性にとって重要なのは、知識や技能である。しかも、思考(想像力:イマジネーションを含めて)は、知識や技能と緊密な関係にあるので、これを切り離して論じるのは現実的でない。
  • 更に「目新しさの追及」「伝統からの脱却」であるという誤解がある。そうではなく、創造性は伝統から生まれるものであり、創造性によって伝統は連続的に発展するのである。その意味でも、知識や技能の習得は重要である。

 これらの記述の主旨には全く同意させられます。ただ、「創造性とは」を語らねばならないような状況には、論理的に議論を進めることが困難な場合も少なくないわけです。
 論理的で簡潔に答えをまとめることが嫌い、或いはそれができない人が、自分勝手な「創造性」の定義に逃げ込んでいる側面があるわけですから。
 創造性の定義をめぐる平行線の議論、越えられないラインは常に存在します。
 そういった著者のフラストレーションが、この冗長で難解な書物からオーラのように発せられている気がして、じっくり読む気にならないのは、ぼくの個人的な事情でしょうか。

追記:たまに「創造性とは何か」というキーワードで検索されて見に来ている方がいらっしゃるようなので、こちらも合わせてご覧ください。
 オリジナリティーとは何か 〜 コンテンツの秘密 〜