Réalisation ॐ

永遠の相のもとに 〜 Sub specie aeternitatis 〜

富良野塾ラスト公演

 富良野塾が閉塾になる、という知らせを聞いた時には、ひとつの時代が終わった実感があった。最後の東京公演の時期に日本にいる、こりゃラッキー。
 
 シナリオライター倉本聰は、ぼくの心の師である。

 富良野には行かなかったけれど、そこにいる気持ちで同じ時代を生きてきたつもりではあった。それが一時期の「狂気のようなプロ意識」の正体だったと思う。

 エンディングでは、演じながら多くの役者が泣いていた。

 鍛えぬいた身体と技術、これにはただひたすら敬服させられた。

 カーテンコールで杖をついて出てきた倉本先生を見て、年を取ったな〜、というのが率直な印象。この公演が「引退」を意味するものならば、終演後に意を決して倉本先生に握手を求めてもいいような気がしていたのだが・・・。

 今回の公演、倉本聰が老いた自分自身や現状に対する鬱憤を吐き出し、自らをまた追い込んでいるようにしか感じられなかった。
 次に進むために、蓄積してきた過去の実績を捨てるために、いったんそのノスタルジーにどっぷりと浸る、そんな作家のエゴの押し付けではなかっただろうか。
 「このまま大人しく死ぬ気なんかねえぞ」といったメッセージを勝手ながら受け取って、「やだねえ〜、我が儘な年寄りは・・・」と感じてしまった。
 そんな富良野塾ラスト公演だったwww
 
 卒塾式で倉本先生が塾生に送るメッセージ、それが最後に流れた。

(前略)

感動を創るものは走らなければならず
感動を得るだけなら座しても可能だ

走るか

座るか

覚悟を決めなさい

そしてもし君たちがある日突然
しばらく忘れていた感動を思い出し
胸の奥から涙がつきあげたら
いつでも富良野に帰っていらっしゃい

座して見る者とはお茶でも飲もう

走っている者とは酒を汲み交わそう

俺たちは此処にいてずっと走っている ───── 行ってらっしゃい

 倉本聰のナレーションで、頭を引っ叩かれた・・・。

 なんだか、忘れかけていた精神論を思い出した。

 今の自分が「ご苦労さまでした」と倉本聰と握手をするのはとても失礼な気がして、またロビーで遠巻きに眺めるだけで帰ってきた。
 いつかまた、必ず会えそうな確信があった。