Réalisation ॐ

永遠の相のもとに 〜 Sub specie aeternitatis 〜

横山光輝「三国志」読破

2020年を振り返って:緊急事態宣言下の自粛期間を有意義に過ごす取り組みのひとつとして、横山光輝「三国志」を読破しました。これまで興味はあっても全60巻に挑むには時間も気合いも必要なので先送りしてきましたが、いい機会だったので浮いた時間を活用しました。(所要時間:のべ28時間ほど?)

 

以下、おおまかな概要です。(ネタバレ注意)

 

序盤は大味な時代活劇といった感じで、人情話として、それなりに楽しめました。

劉備玄徳の理念と人柄に惹かれた猛者が集まって勢力を広げながら、展開が大きく変わるのは諸葛孔明を「三顧の礼」で軍師に招いてから(21巻)。それまでは腕自慢の将軍の武力で勝敗を決していましたが、孔明の兵法や人心掌握術で将軍が駒となり、敵軍との知恵競べに面白さの質が変わります。

劉備は、蜀の平定(35巻)から漢中王を名乗り(40巻)、大蜀皇帝(43巻)と順調に出世を重ねますが、その謙虚さ故に帝を名乗ることを固辞するなど、地位と人格の微妙なずれが描かれます。本来であれば魏を討つべきところで、頑なに関羽の仇討ちを主張して呉に出兵します。(これはさすがに情に流されすぎと感じました・・・)この前後に馴染みの登場人物が次々と亡くなり、遂には劉備自身が敗戦の失意の中で病死(45巻)します。

死後を託された孔明は、大義を果たすべく前線で指揮を執り続けますが、人材には恵まれず、自慢の兵法も駒不足で活かせず苦戦するようになります。次々と猛者が現れて配下に収めて躍進した劉備とは対称的に、孤軍奮闘する孔明に悲壮感が漂う展開になります。

劉備の後を継いだ息子の劉禅は、宮廷で奢侈に流されながら、度々孔明の謀反を疑うようになります。その都度、孔明は釈明のために敵陣から引き返し、有利に進めていた戦況すら放棄させられます。その孔明が戦場で病死すると蜀は迷走し、敵方の交渉に乗った劉禅があっさりと皇位を明け渡して、蜀の歴史は幕を閉じてしまいます。

・・・あっけない幕切れの喪失感と共に、最後の劉禅のセリフに言葉を失いました。正統な血筋の復活を大義劉備が興した蜀を、その血を継ぐ放蕩息子が畳んでしまう・・・全60巻を読み通した労力の見返りは何とも虚しく、エンタメ作品としてはトホホなエンディングでした。 

三国志 全60巻箱入 (希望コミックス)

三国志 全60巻箱入 (希望コミックス)

  • 作者:横山 光輝
  • 発売日: 2000/04/01
  • メディア: コミック
 

魏、呉、蜀、この三カ国で、特に「魏を意識しながら、呉と同盟を組んだり戦ったりの三角関係」は、駆け引きの面白さがありました。また、諸葛孔明の知術が現代の事業戦略やマネジメントの教訓として持ち出されるのもよく理解できました。

しかし、天候の予知くらいならまだしも、仙人のような妖術も使う孔明なので、あまり真に受けてもいけないような・・・ぼく自身は「連弩」や「木牛流馬」などの兵器を発明したイノベーター孔明に共鳴(やっぱり技術革新のインパクトは大きい!)しましたが、一方で強く印象に残ったのは「敵陣に嘘の情報を流し、不信感を芽生えさせて仲間割れや自滅を誘う」謀略を幾度となく用いていた点です。(孫子の兵法では「用間篇」にあたります。)

ぼくが読んだ限り、孔明は敵陣からの使者や間者(スパイ)を騙すのが得意でも、自軍内の統治ではそういった手法は用いていません。むしろ、抜け駆けやクーデター未遂には意識的に厳しく処罰していました。(典型的なエピソードが「泣いて馬謖を斬る」ですね。)つまり、いくら長けていても権謀術数を用いる対象は「敵と味方」で明確に区別していた印象です。

※一方で、孔明はクセの強い将軍のコントロールに「方便」はよく用います。また、劉備が皇帝を名乗ることを固辞した際、何日も寝込んで(たぶん仮病)登庁せずに自覚を促しました。より良い方向に導くための「方便」と、相手(敵)を陥れるための「謀略」このビミョーな違いについて、改めて考えさせられました。例外として、扱いにくい魏延を排除しようと「葫蘆谷の戦い(58巻)」で敵軍もろとも爆死させようとして失敗していますが、このエピソードは史実にないフィクションだそうです。

劉備玄徳と諸葛孔明には「鉄の結束」があり(主要な将軍何名かも含む)何か不可解な出来事に「そんなはずはない」と違和感で敵の謀略を察知できます。軍規の厳格さ(加えて権力者の気分)で首を斬られる恐怖政治は、それ故に臣下の背信を招き、旗色が悪くなると寝返る将や兵が多くなります。そんな中で、謀略を見抜ける「揺るぎない信頼関係」は蜀の躍進にとって強力な武器となっていたように感じます。 

しかし、晩年の孔明はクーデター疑惑(孔明を妬んで悪い噂を流される)によって度々戦場から引き戻され、それが蜀の衰退につながりました。新皇帝の劉禅が父親のように孔明を心から信頼していれば、蜀の歴史は違っていた可能性があります。

組織のマネジメントに加えて、人間の業を描いた点でも妙に生々しく、教訓に満ちた作品でした。しかし、全60巻は人様にお薦めするにはハードルが高すぎる・・・ 展開が遅く間延びするエピソードもあったのでダイジェスト版がほしい。。

改訂版 横山光輝「三国志」大百科

改訂版 横山光輝「三国志」大百科

  • 作者:横山 光輝
  • 発売日: 2019/09/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

尚、これは偏見かもしれませんが・・・過去に遭遇した「孔明ファン」は何かと謀(はかりごと)が好きで、敵(競合他社)ではなく身内を欺いて、戦場(現場)を混乱させていました。。前述の「方便」との違いを汲み取れていないか、或いは「あの孔明ですら志半ばで亡くなった」史実から反面教師的な教訓を得て利己主義に陥ってしまったのか?・・・いずれにせよ「策士、策に溺れる」孔明ファンが生み出されている事実にも、冷静に向き合う必要がありそうです。

幸い現代の日本社会では、クビにされることはあっても、首を刎ねられて死ぬことはありません。関羽のように「命も惜しくない」と貫ける忠義を持った方が、実りの多い人生を歩める気がするし、少なくとも自分はそちら側で生きていきたいと思いました。