Réalisation ॐ

永遠の相のもとに 〜 Sub specie aeternitatis 〜

大切なのはポジティブな理念(ビジョン)

 いったん駆け足で上下刊に目を通してみた話題の「サピエンス全史」、テーマが壮大すぎて消化し切れなかったら古本屋行きでもいいと思っていたが、いくつか独特の解釈に触れて自分の価値観が掘り起こされる感覚があった。目を通す度に違った感想を抱きそうなので、手元に置いて改めて読み返していくつもり。

 初読の感想としては、以下の記述に尽きる。

 この歴史の方向性に気づくかどうかは、じつは視点の問題だ。物事の展開を何十年、何百年という単位で考察する、いわゆる鳥瞰的な視点から歴史を眺めれば、歴史が統一性へと向かっているのか、それとも多様性へと向かっているのかを判断するのは難しい。だが、長期的な過程を理解するには、鳥瞰的な視点は、あまりに視野が狭すぎる。鳥の視点の代わりに、宇宙を飛ぶスパイ衛星の視点を採用した方がいい。(上巻 P206)

 この超俯瞰的な視点、超客観的な観点から、人類史を再評価し直したのが本書の特長ではないかと思うが、「我々は人類として」といった意識からも遠く離れて冷徹に評価を下す著者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、宇宙船から地球を眺めている異星人のようだ。地球を巻き戻して、早送りボタンで回しながら眺めたらこんな解釈になるのかもしれないが、ちょっとシニカルすぎやしないかという読後感。
 「救いがないなあ。。」と感じながら、自分に思いがけず「人類愛」があることを再認識して、頭の中で流れてきた?のは BLANKY JET CITY の「悪いひとたち」。
 

 多くの家畜が「生存競争」という意味では個体数を増やして種の保存に成功しながら、その多くは搾取されるための畜産で生物としての尊厳は守られていない・・・人類も同様であって、いくらテクノロジーが発達しても、行動原理が原始時代の生存競争や不合理な征服欲、略奪や搾取のままでは幸福感は得られないという。
 宗教についても深く掘り下げて、一神教多神教、本来のブッダの教えと仏教の違い、他の宗教との位置づけの違いなどの解説は全面的に同意する。その点から人類の抱えた問題を解決できる可能性があるとしながら、仏教そのものが違う方向性に変質してしまっている事実が、人類の能力の限界を証明しているようにも感じられた。脳に直接プラグインするようになると事情が大きく変わるかもしれないけれど、それこそ人類の家畜化でもあるので、やっぱり解釈の問題・・・人工知能が発達すると何を正解とするだろうか。

 狩猟民族と農耕民族、宗教と科学、戦争とテクノロジー、などなど・・・多くのテーマについて新たな知見が得られたり、著者の解釈への違和感から自分の固定観念を見つめ直したりできる。じっくりと読み直したら違った感想も出てきそうだけど、いつになるやら。。その分野に予備知識があると異論反論も出てくると思うが、思考の分解掃除に何度も読み返せる味わい深い本だと思う。

 人類にとってポジティブな理念(ビジョン)がいかに大切か、現実離れした壮大なテーマのようでありながら、この世の中の本質はまさにそれであるとこの本は教えてくれる。多くの問題の構造は、枠組みの定義と、それをどういった視座や時間軸で眺めるか、あとはそれを映す鏡が歪んでいないか・・・みたいなところに改めて行き着いたけれど、そうやって理屈っぽく問題をひも解くのは少数派であることも自覚しておかなければいけない。
 時空を飛び越えて、壮大なテーマと向き合うスケール感は、ウォシャウスキー兄弟改め姉妹の描く世界観にも似ている(一度ではとても消化し切れないw)。クラウドアトラスのように数年掛かりで繰り返し味わっていこう。
 

C.B.Jim

C.B.Jim