Réalisation ॐ

永遠の相のもとに 〜 Sub specie aeternitatis 〜

メタバース私見

過去に ” セカンドライフ ” が流行った時と似たような見解ですが、後出しジャンケンにならないように改めて記しておきます。

結論としては ” メタバース的なもの ” は間違いなく普及するけれど、メタバースを「主語にして」考えると本質を見間違えるだろう、と考えています。

思考実験してみましょう。例えば、お台場の広大な駐車場に「渋谷スクランブル交差点」と全く同じ風景をコピーして作ったとします。最初は、物珍しさだけでも人が集まるかもしれません。本物の渋谷駅前には、大晦日のカウントダウンやハロウィンで大勢の人が集まります。同じように、お台場のスクランブル交差点にリピーターとして足を運んでもらうにはどうしたら良いでしょうか?

恐らく、何かイベントを企画して集客力のあるゲストを呼んだり、抽選で賞品をもらえるなどの目玉施策が必要になるはずです。結局、そのバーチャル空間に集まって滞在する目的(娯楽性や何かしらのメリット)が必要になります。それを見出してマネタイズすることは、現状のオンラインビジネスの延長線上で本質は何ら変わりありません。

既にオンライン空間でのゲーム産業は一般に普及しており、その空間のビジュアルは高精度化しています。今後も加速していくでしょうが、その技術的な優位性はさほど競争力にならないと思っています。
数年後のオンラインゲーム空間は、まさに「メタバース的」になっているはずです。ゲーム以外に「わざわざ」バーチャル空間でアバターに変身して、コミュニケーションを取ったり、ショッピングや課金をする「ニーズ」は何でしょうか?

その「ニーズ」を生み出すアプローチこそが大切になると考えています。つまり ” セカンドライフ ” の宿題はそのまま ” メタバース ” の宿題であり、いくら技術的に進化しても、田舎のショッピングモールのような閑散とした空間になってしまうリスクがあります。テクノロジー論にばかり目を奪われず、宿題を考えていきたいと思います。