Réalisation ॐ

永遠の相のもとに 〜 Sub specie aeternitatis 〜

ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」

 

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 かつての輝きを取り戻したようには見えないものの、業績の回復が報じられているソニー。長らく苦戦が伝えられてきた中で、何がどう変わったのか?平井前社長ご自身の著作ということで早速読んでみました。

まず、平井氏のパーソナリティーから。父親の転勤で小一からアメリカに渡り、帰国後はアメリカンスクールを経てICUに進学しており英語ペラペラです。一方で、どこに行ってもマイノリティー、異邦人だったと回想しており、この辺りに独特の価値観や対人関係における秘訣などをお持ちのようです。

CBSソニーに就職して音楽業界から社会人生活をスタートさせますが、間もなくニューヨーク駐在となり、プレイステーションアメリカ展開を「手伝う」ことになります。ここから続く、3度のターンアラウンド(経営再建)が平井氏のソニー人生と重なっていきます。

前任者がギブアップしたSCEA(ソニーコンピュータ・エンタテインメント・アメリカ)社長に抜擢され、組織を立て直すにあたって従業員と個別面談を行い「俺の仕事はセラピストか?」と自嘲しながら社内の雰囲気を把握します。行き過ぎた競争主義を排し、従業員がプライドを持てるようにチーム作りをした結果、好調な業績の後押しもあって会社として一体感を持つに至ります。

組織として細かく指示しなくても回る「オートパイロット状態」となった頃、プレステ3発売の混乱を巡って退任した鬼才・久多良木氏の後任として、SCEソニーコンピュータ・エンタテインメント)社長を引き受けることになります。「おまえ達はソニーをつぶす気か?」と強い風当たりを受けながら、やはり従業員の声に耳を傾けることから始め、門外漢ながら地道なコストカットに取り組みます。

プレステ3収益化とプレステ4開発に目処をつけ、SCEがオートパイロット状態を迎えた頃にソニー本社の副社長兼任となり、東日本大震災サイバー攻撃による情報流出といった非常事態に対応します。そして「エレクトロニクスを知らない平井に務まるはずがない」という声がある中で社長に就任。「KANDO」を掲げて世界を周り、各国の従業員に直接的に語りかけると共に、R&Dセンタに通って開発者とも心を通わせます。

徹底して「異見(異なる意見)」を求めながら、痛みを伴う改革VAIO事業の売却など)を進めた結果、苦境に陥っていたエレクトロニクス部門の収益構造を改善します。オートパイロット状態となったソニー本社を託して、自らはソニー・ピクチャーズの再建にアメリカに乗り込みます。

ソニー・ピクチャーズ再建の目処が立った頃にはトップ不在でも会社が回っており、成長モードに入った会社を率いる適任者として「チーム平井」のパートナーである吉田憲一郎氏を後任に指名、ご自身は会長職などに留まらず退任しました。

・・・ざっとこのような経緯になります。

テクニカルな面では、売上高を数値目標に掲げることを止めて「ROI:自己資本利益率」を経営指標としました。全事業を分社化して「成長牽引領域」「安定収益領域」「事業変動リスクコントロール領域」に分類、一律に売上高と利益の増大を目指すのではなく「ROIC:投下資本利益率」を指標とし、各事業領域に応じた経営判断を行う体制にしました。これは多種多様な製品を扱う大企業として合理的な発想だと思いますが、吉田チームからの提案だったそうです。

もともと「量より質」はソニーのDNAだったと説明されていますが、長年の赤字を解消したテレビ事業の構造改革にあたって、以下のように述懐しています。

以前からちょっと分析してみれば分かっていたことだったはずだ。量を追う経営からの脱却はいずれやらなければならない。

つまり、問題の先送りである。誰も「汚れ役」をやりたがらなかったのではないかー。

平井氏の語るリーダー論は割とオーソドックスな印象でしたが、大企業幹部の肩書きが生み出す「権威」を、自らの行いにより率先して破壊したように感じました。周囲にイエスマンを置かず、あえて「異見」を求める姿勢は徹底しています。後出しジャンケンのないチームを作り、つらい仕事(役割)ほどリーダー自らやるなど、逃げない姿勢を信念として貫いたようです。

本書の冒頭に、次のようなメッセージがあります。

自信を喪失し、実力を発揮できなくなった社員たちの心の奥底に隠された「情熱のマグマ」を解き放ち、チームとしての力を最大限に引き出すこと。

 

ある意味、リーダーの基本ともいえるようなことを愚直にやり通してきたことが、組織の再生につながったと実感しています。本書を執筆したのは、ソニーの再生ストーリーを通じて、経営者のみならず、部下や後輩を抱えるすべての「リーダーたち」に、そのことをご理解いただきたかったからです。

組織がオートパイロットになったら「燃えない」性格を自覚されて、次の体制に(潔く)バトンを渡してしまいましたが、経営再建に情熱を注いだモチベーションの正体は何だったのでしょうか?・・・本書には明確な説明がありませんでしたが、冒頭の「異邦人」体験、異業種の子会社出身であったこと、「異見」を求める姿勢など、随所にアウトサイダーとしての観点が感じられます。組織の階層を越えて従業員と接近戦で距離を詰めながら、根底には常に客観的/俯瞰的に観察する冷静さがあったわけです。

久多良木氏の野心的なプレステ構想を讃えながらも採算ベースに引き戻した現実主義者であり、一方では大企業病に陥ったソニーを覆した大胆さがありながら、滲み出るお人柄からは野心や出世欲が全く感じられません。改革者の本質とはバランス感覚なのか?と認識を新たにしました。

斬新なヒット製品の連発によるV字回復ではなく、後任CEOの吉田氏が財務ご出身ということで部外者としては「物足りなさ」も感じるわけですが、アップル後任CEOのティム・クック氏にしても最適化に優れたタイプとして業績を伸ばしています。デジタルツールがコモディティ化した現在、時代が求めているリーダー像は剛腕イノベーターではないのかもしれません。