NHK総合 プロフェッショナル 仕事の流儀
「“個”の目覚めが、組織を強くする」 プロサッカー監督・岡田武史
岡田さんは、強い組織の姿を、こう考えている
「神経が通い合う、1つの生命体」
番組の冒頭で流れたテロップです。
ものごとを有機的に捉えることは、必ずしも非論理的ではありません。むしろ論理的に積み上げれば積み上げるほど、非線形な複雑系の領域を実感できるものです。そんな領域に関心を持ち始めて10年以上になりますが、数年前からその分野の著名な複数の方々から、岡田監督の名前を聞くようになりました。
北京五輪の開催中、ちょうど天津に滞在していたので、反町ジャパンが予選で惨敗した試合をスタジオで観戦しました。試合後に閑散としたグッズ売り場を見ていたら、自分の後ろに立っていたのが岡田監督でギョッとしたことがあります。当時はさほど人物像を存じ上げませんでしたが、ひとりで一般人に混じってTシャツを買っていた姿が印象的でした。
評価の高かったオシムが倒れた後、またもやピンチヒッターで代表監督に返り咲いたわけですが、本大会前の連敗はメディアにかなり辛辣に叩かれていたと記憶しています。それがワールドカップ本番では一次リーグ突破、残念ながらPKで破れたものの決勝トーナメント進出という快挙で、予想を大きく覆して結果を出した手腕は見事というしかありませんでした。そして凱旋時の「爆笑記者会見」から伝わってきたチームの雰囲気の良さには、チームマネジメントの理想像を見た気がしました。
何より、あの場で饒舌に語ることなく、ただ選手を褒め称えて質問をかわしマイクを置こうとした監督の姿からは、覚悟や潔さといった人間の器を感じさせられました。
番組は、その裏側と軌跡を密着取材でまとめ上げていました。
(マリノスがリーグ制覇した)翌年、岡田さんは選手に告げた。
「もっと自由に、自分で判断してサッカーをしよう」
しかし選手は混乱し、チームは不調に陥った。
結果が全てのプロの世界、元のスタイルに戻さざるを得なくなった。
チームはリーグ2連覇。
しかし、岡田さんは試合後の写真撮影に加わらなかった。
ひとり複雑な想いでロッカールームに下がった。
そして2年後、監督を辞任した。
現場を離れ、岡田さんはひとり考えた。
人を動かすとは、どういうことなのか。
当時は環境問題に取り組んでいるとも報道されていましたが、サッカーの現場を離れて様々なところに顔を出していたようです。
そして、何かしらの確信を得て機が熟したところで、二度目の緊急登板を迎えた・・・ということではなかったかと思っています。
日本中の期待を、一身に受けて戦うワールドカップ。
全ての責任を背負う覚悟で、選手の気づきを待つと決めた。
それは大会直前、テストマッチに4連敗した時のことだった。
自分たちはどう戦うべきか、選手たちは自発的にミーティングを開いた。
岡田さんはチームにスイッチが入ったと感じたという。
岡田監督が辿りついた『理想とするスタイル』、画面に出る文字、発せられる言葉の全てに共感させられました。奇しくも現在は、中国の実業団チームの監督に就任していますが、あえて中国チームを選択した理由も、なんとなく理解できるのです。
そして、「勝敗を分けるものとは?」との問いに以下のように答えています。
「小さな隙の積み重ねが、勝負の80%を決める」
勝つための「高いパフォーマンス」を目指しながら、具体的なアクションとしては地道なカバーや守りの重要性を強く訴えていました。
勝敗を左右するのは『意識の持ち方』で、必要なのは高度な戦術論ではなく『個々の自覚や気づき』だった、というエピソードには深い共感を覚えました。攻めと守り、創造性と堅実性が表裏一体に感じられる一連の説明は、剣の達人に通じる奥義のようでもありました。
人間の組織が「当たり前のことが当たり前にできる」状態にあるのは実は稀な事象で、商品やサービスがいくら斬新でも、そこが疎かになっていれば成果は出せないものだと思います。最近はAppleを引き合いに日本のものづくりを論じる風潮にありますが、iPhoneなどの優れた商品コンセプトは表層でしかなく、本質的な違いは姿勢や体質にあったわけです。
華やかな勝利にばかり目を奪われてしまいがちですが、そこに至るまでの地道な努力の積み重ねを知ることは、裏方稼業の我々にとって心の支えになります。
- 「岡田監督知られざる『スピリチュアル伝説』」
- 岡田武史・田坂広志 対話「人類の未来」 第1回 第2回 第3回