Réalisation ॐ

永遠の相のもとに 〜 Sub specie aeternitatis 〜

社会的合意形成のプロジェクトマネジメント/わがまち再生プロジェクト

 

段取りとは、もともと歌舞伎のことばで、終幕に至る筋立てである。段というのは、いわばステージであり、複数のステージを踏みながら、ドラマが進行するように、プロジェクトの段取りをつけて、これを一つひとつ実行してゆくのである。(わがまち再生プロジェクトP84)

 プロジェクトマネジメントのスキルは非常に有益だが、万能ではない。変動性の高い「人」の要因が極めて大きくて、ピンチを招くか救うかはメンバーのパフォーマンスに大きく左右される。ロジカルな知識体系でありながら、プロジェクトマネージャーの「人間性」が公然と問われるのは、関係者からの信任なしにはノウハウが成立しないことを意味している。

 加えて、いくらマネージャーが人心を掌握していても、管轄外から及ぼされる「外乱」の影響がとにかく大きい。PMBOKで「ステークホルダー・マネジメント」が知識エリアに格上げされたことから分かるように、経営陣など上層部や発注先を含めた利害関係者の(人間関係も含めた)掌握も、プロジェクトマネージャーの重要な役割になっている。

 しかし、現場の最前線では案外このあたりが軽視されている。プロジェクトマネージャーの業務タスクは多く、コミュニケーションに割けるリソースの限界もあって、気づいた時に関係者の意識に大きな温度差が生じている場合も少なくない。

 コミュニケーションに時間と労力を割いて、ステークホルダーやプロジェクトメンバーを充分にケアしながら進められたら・・・という願望に、有益な示唆をくれる取り組みがあった。例え「理想」と言われようとも、こういった知見は大切にしたい。

(社会的合意形成の定義)
多様な意見を持つ人びとの存在を承認し、それぞれの意見とその理由を解明・共有することで対立の構造を捉え、工夫をこらした話し合いにもとづく恊働的・創造的な努力を通して解決策を見出し、決断へと至るプロセスのデザインとそのマネジメント
(わがまち再生プロジェクトP87)

 哲学者である桑子敏雄先生は、各地でまちづくりなどの公共事業にコーディネータとして参画した多くの経験から「社会的合意形成」をマネジメントするノウハウをまとめられた。地域の歴史を踏まえて不特定多数の関係者を「合意形成」するプロセスは、ビジネスの現場における「合意形成」とは全く異質なものに感じられるかもしれない。しかし、よくよく考えてみると「ステークホルダー・マネジメント」の本質と共通していることに気づかされる。

 プロマネスキルの知識体系を用いた「理論的なアプローチ」に行き詰まったら、是非この2冊を手に取ってもらいたい。やはり万能薬ではないが、炎上の予防策や対症療法の引き出しが数多く手に入るはずだ。

社会的合意形成のプロジェクトマネジメント

社会的合意形成のプロジェクトマネジメント

わがまち再生プロジェクト

わがまち再生プロジェクト

 この2冊は、行動基準となるマニュアルと、実践したプロジェクトのエピソード集のような関係にある。

「社会的合意形成のプロジェクトマネジメント」の記述は退屈に感じられるかもしれないが、経験を積まれた方は普遍的なノウハウに共感できるはずだ。特に、9章の「リスクマネジメント」に至っては、あんな地雷こんな地雷がこれでもか!と列記されており、桑子先生の歴戦の数々が目に浮かぶ。当事者意識に欠けていたら、このようなリストはつくれるはずがない。(これを周知するだけでも、相当な抑止力?が期待できそうな劇薬である!)

「わがまち再生プロジェクト」は実践を通じて考察した哲学的な理論と、8つのプロジェクトの振り返りで構成されている。公共工事の裏で繰り広げられたエピソードは、人間味の溢れるドキュメンタリーとしても興味深く読みやすいので、こちらから目を通すことをお薦めしたい。

 尚、個人的には桑子先生が提唱される「コンセンサス・コーディネータ」という役職がポイントになると感じた。

多様な人びとの多様な意見をまとめるコーディネータが求められる。わたしは、これを「コンセンサス・コーディネータ」と呼びたいと思っている。
(わがまち再生プロジェクトP88)

 例えば公共工事で考えると、工事の関係者が地域住民の意見を取りまとめるような場合、直接的な利害関係が伴うため、草案を強引に押し通すようなアプローチにならざるを得ない。これでは地域住民の反発は必至で、双方の対立を招く。

意見の理由どうしの関係を構造化して理解することをコンフリクト・アセスメントという。コンフリクトとは対立・紛争である。コンフリクト・アセスメントとは、対立・紛争の構造を把握することである。この作業が合意形成の重要なステップである。
(わがまち再生プロジェクトP41)

 ビジネスの現場においても「コンセンサス・コーディネート」の重要性を再認識して、案件の規模によっては作業の進捗管理と別に調整役を立てるか、責任者が自覚を持ってその役割でリーダーシップを発揮する必要がある。(そう考えて振り返ってみると、過去にうまくいったプロジェクトではそれに近いフォーメーションで関係者が助け合っていた。うまく行かなかったプロジェクトは、そもそもステークホルダー間の合意形成が十分でなく、そのしわ寄せが現場に及んでプロマネスケープゴートにされていた気がする)

 桑子先生がまとめられた「ふるさと見分け、ふるさと磨き」は、用語や表現は違うもののビジネスの成立に不可欠な背景が網羅されている。お隣の国などは強制移転に近い用地取得を強行したりするが、こういった配慮(根回し?)の欠如から後のトラブルに発展する可能性は膨らむ。感覚的には分かっていたことだが、こうしてまとめて頂くと理屈として理解が深まる。

ふるさと見分け、ふるさと磨き
1.空間のトライアングル=地域空間の独自性を見出すための方法(1)空間の構造(2)空間の履歴(3)人びとの関心と懸念
2.選択のトライアングル=人の生き方と選択を考えるための方法(1)所与(2)遭遇(3)選択
3.価値のトライアングル=わがまち再生の理想を掲げて実現するための方法(1)理念(2)制度(3)意思決定
4.合意形成のトライアングル=市民、専門家、行政が連携して、具体的に行動するための方法(1)市民(2)専門家(3)事業主体(行政)
5.社会的合意形成のプロジェクトマネジメント=四つのトライアングルを踏まえて、プロジェクト・チームが参加型のまちづくりプロジェクトを現実に実行する方法
(わがまち再生プロジェクトP4)

 TOCの思考ツールに「対立解消図」があるが、このテーブルで議論ができる状態ならば、そもそも大きな問題は生じないという逆説的なジレンマがある。現実的には、ロジカルな議論が好きではない人の土俵に上がっていかなければならない。本来、文系の強みはその領域の調整能力にあるはずだが、自部門や個人の利害に囚われるあまり、逆に「調整される側」になっているケースが少なくない気がする。
 やはり、機能としての「調整役」の【承認】が大きなポイントで、プロジェクトマネジメントの勝敗は序盤で決するという想いが更に強くなった。この【承認】は、ビジネスや組織運営を上層部がどう考えているかの経営哲学にも及ぶ。プロジェクトマネージャーに求められる「人間力」が、結局は上層部にも求められるという当たり前すぎる前提が導き出されてしまった・・・。

※余談だが、2000年頃に関心を持った「感性工学」の関係者として、よくお名前を目にしていた桑子先生の「感性の哲学」を読んでいた。当時は抽象的な概念を消化できず、自分の課題とも距離を感じた記憶があるが、近年になって自分が抱えたコンフリクトの解決を探る中で、発売された直後の上記2冊がネット検索に現れて思わぬ再会を果たした。ここ数年の東工大での活動などを知って、すっかり「地を這う哲学者」のファンになってしまった。
 地を這う哲学者 桑子敏雄|日経コンストラクション
 プロジェクト・マネジメントの手法で合意形成を確かなものに
 「川」は誰のものだと思いますか?桑子先生に入門!「社会的合意形成」第1回
 「ヤマタノオロチ」を鎮めた対話集会「社会的合意形成」第2回
 徹底的に「建前」で議論せよ。しからば合意に至らん「社会的合意形成」第3回
 困ったら「神社」を探せ! 合意につながるカギがある「社会的合意形成」第4回
 原発問題の合意形成が至難である理由「社会的合意形成」第5回

感性の哲学 (NHKブックス)

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