Réalisation ॐ

永遠の相のもとに 〜 Sub specie aeternitatis 〜

ティム・クック アップルをさらなる高みへと押し上げた天才

スティーブ・ジョブズが亡くなった後のアップルの舵取りに不安を覚えた方は多かったと思います。近年はインパクトのある新商品やサービスなどが生まれていない気がしますが、テクノロジーの進歩が踊り場にあるのはアップルの責任ではありません。それでも後任CEOのティム・クック氏が無難に、むしろ業績や株価などの数字面でここまで好調に牽引したのは予想外でした。強烈なカリスマ性は感じられないものの、アップルのような個性的な集団を空中分解させずにまとめあげている秘訣が何であるか、その謎めいた人物像には興味を持っていました。

 読後の印象としては、日本の引継ぎモデル?「信長→秀吉→家康」で例えるならば、アップルは「信長→家康」的なバトンタッチに成功した模様です。傍若無人な武勇伝ばかりが伝説に残るスティーブ・ジョブズですが、いったんアップルを追い出された後の経験を通じて人格に変化があったことは、PIXAR関連の著作から窺い知ることが出来ます。もともとハードウエアのメーカーであるアップルの創業者として、スティーブ自身も製造マネジメントの重要性は熟知しており、暫定CEO復帰後のアップル再建に必要なロジスティックスの改善を担える人材としてヘッドハントしたのがティム・クックでした。

生産工学は、複雑なシステムを最適化する方法に焦点を置き、無駄な支出を取り払い、資源を最大限活用する最善策を見つけ出す学問である。これはクックが早くから身につけていた能力のひとつだった。「彼は不必要なものを切り捨てて、問題の要点にすばやく到達することができたのです。」

恐らく、過去に非合理的な不条理に直面する度に癇癪を起こしてきたスティーブにとって、徹底した合理主義者であるティム・クックの思考回路は信頼できる分身として期待できたのでしょう。「クックは私と同じビジョンを持っていて、高いレベルで戦略を話し合うことができた」スティーブが復帰後に製品ラインナップをばっさりシンプルにしたように、非常に複雑になっていたサプライチェーンを大胆に改革したのがティム・クックでした。 

クックは「アップルへ行くよう勧める人は、私の周りに本当に誰一人としていなかった」中で、自らの直観に従って倒産寸前だったアップルに転職しました。「スティーブとの最初の面接が始まって5分後には、不安や論理的思考を放りだして、アップルに加わりたいと思いました」こういった大切な決断においては、意外なほど分析的な思考をしない人でもあるようです。「群れに従うのは良くないことだと、私は常に思っていました。恐ろしいことだと」

彼がアップル再建に果たした役割は大きく、経営面でインパクトの大きな数字を叩き出してスティーブの信頼を得ました。両者のマネジメント手法は異なっており、スティーブが社員を「おまえ達は腰抜けのクソッタレだ」「クソ野郎」と罵倒するのとは対称的に、クックは声を荒げることもなく結果につなげていきましたが、担当者を質問攻めにして「疲弊させる」という表現が面白かったです。「スタッフは、クックとの会議を不安がっていました」

ティーブ闘病中も無難に代行をこなし、後任CEOとしてスティーブ亡き後にクックの独自色が発揮されます。それはアウトソーシング先の雇用改善や、原材料のリサイクルで地球環境に対する取り組みなど、利潤の追求と正反対の施策でした。これによって従業員の社会貢献の意識が高まり、スティーブ在任時は互いに競い合わされてギスギスしていた社内の雰囲気が大きく変わったそうです。それが好調な業績とどう結びついているのか、因果関係は定かではありませんが、個性的なクリエイティブチームもティム・クックの手法でうまくマネジメントできているのは、PIXARの成功と通じるところがあるように感じました。

この本では、アップルの今後の不安や課題も多く取り上げられていますが、誰よりも数字にうるさく結果を出しながらも、数字のためにティム・クックが自身の哲学を曲げることはないだろう、と思える強い信念が感じられます。 

私の心の中で彼について印象的なことは・・・彼の仕事の倫理です。

 前職の元上司が「倫理:ethic」という言葉で評価していましたが、人種差別の根強い南部の労働者階級の出身で、オフィスに写真を飾ってあるキング牧師とジョンFケネディーが英雄、後に彼自身も性的マイノリティーをカミングアウトするなど、内に秘めた反骨精神を静かに燃やしている人物像が印象に残りました。強いカリスマ性を持った創業者タイプではありませんが、ティム・クック氏の芯にも強いオリジナリティーが感じられて、何よりもそれが人々の共感を集める時代のトレンドに合っているように思いました。

スティーブ・ジョブズは他人の才能を見抜くことにも長けていたと思うので、消去法ではなく、自分とは違うタイプのクック氏の手腕を高く評価していたのかもしれません。たまたまPIXAR本と続けて読みましたが、時代の寵児と周辺に集まった人々のドラマから多くの学びと刺激をもらいました。何だか、やる気が出てきたw